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第二章 

13話)雅と対戦



「あら、今日は芽生と会う日なの?」
 艶然という言葉が、ピッタリの笑みを浮かべて雅が答えていた。
 口元が笑みの形をしているのに、目が笑っていない。
「今日はじゃなくて、今日もなんだよ。雅。」
 優斗が芽生の指をからめてつぶやき、雅と対面する形になるイスを選んで座る。もちろん、手を引かれた芽生も自然に彼の隣に座る格好になった。
「ご執心ね。・・・でも、芽生は私の子供の頃からの友達だから、傷付けずに終わらせてほしいわ。」
 ね、芽生。この前言ったでしょ?
 言葉を振られて、返事が出来ない。
 今のこの状況に、ついて来れていなかったから。
「終わりとか、何とか。・・・今の俺は、芽生が好きなんだよ。だから・・。」
「大丈夫よ、優斗。・・気を使ってもらわなくても、私待つから。あなたレベルの男の子を、女の子達が放っておく訳ないもの。」
 楽しんでくれたらいいわ。
 雅はそう言って、笑わない瞳のままで、口元でまた笑みを形作る。
 その瞬間。隣に座っていた優斗の体がこわばるの感じた。
 膝の上に乗せた指をギュウと握りしめて、
「こいつ・・なんで分からないんだ・・。」
 と、つぶやいた言葉はあまりに小さく・・・。
 その瞬間。
「あら、芽生じゃない。デート〜。いいなあ。」
 声が、かかってハッとなる。
 久美達だった。
 笑顔で近づいてくる彼女達を見た時、やっと事態の意味が分かりかけてくる。
「あれ?二人じゃないの?」
 優斗と芽生と対面する形で座る雅に、白々しく問いかけてゆく久美達を認めた雅の顔。
 ハタで見ていて分かるくらいに彼女は動揺していた。
「え?・・あの・・その・・。」
 瞳を揺らして、言葉にならないうめき声をあげる雅の態度に、久美はうかがうような視線で確認してから、ニッと笑う。
 芽生も雅も、小学校の頃からの遊び友達だった久美は、女子の間でも姉貴分的な迫力のある女の子である。
 何をするにもおっとりとお嬢様だった雅は特に、久美に世話になってきた過去を持つ。
 子供の頃からの力関係は、今も健在だった。
「やだ。雅も偶然会ったの?邪魔しちゃ悪いじゃん。」
 言いながら雅の腕をはたくと、彼女は
「え?・・邪魔?・・あの。待ち合わせ・・」
 と小さくつぶやくのだが、
「そうだ、雅。あんたにちょっと聞きたい事あったんだった。ちょっといいかな。」
 なんて、久美が言う言葉にかき消されてしまう。
 雅は久美達に、引きずられるようにして、カフェを出てゆき、立ち去って行ってしまった。
 残された芽生と優斗は、丁度注文を取りに来たウエイトレスに促されて、コーヒー二つを注文する。
 きまりの悪い沈黙の中、
(いつの間に、久美達と連絡とったの?)
 と、心の中で芽生は優斗に問いかけていた。
 それを言葉に出せなかったからだ。
 肩を怒らし、眉をひそめ、憤怒の感情を必死で押さえている感の彼は、とても恐ろしかった。言葉をかけれる状態ではなかったのだ。
 沈黙の中で、芽生は必死に考える。
(遊園地の中で、何気にトイレと言って入って行った時?)
 いや、それは違うはずだ。
 確か帰りの電車の中でだ。携帯を取り出して彼は、誰かにメールらしきものを打っていた。
「一応、連絡しておいたから。」
 と、芽生に言った言葉が思い浮かぶ。
 たしかその前に優斗は、雅の話題を持ち出していた。ぼんやりと夢心地だった芽生は、肝心な内容をまともに聞いていなかったのである。
(私・・バカだ。)
 なぜ優斗は芽生の側にいるのか・・。
 その理由をすっかり忘れていた。
 彼はストーカーを何とかしたいからではないか。なのに、単純に彼とのデートを楽しんでしまった。
 とんでもない勘違いだ。
 同時に思い出す。
 雅に殴られた芽生に憤慨した優斗が、保健室で言った言葉を・・・。
『俺が刈り取ってやるよ。芽生。その代りと言っちゃなんだが、お前の友達にも協力を仰がなきゃならなくなってしまったけどな・・・。』
 それを思い出した瞬間。芽生は椅子から立ち上がっていた。
「芽生?」
 突然の芽生の行動に、ハッとなって問いかけてくる優斗に、振り返りざま
「ごめん、優斗君。私、何もしない訳にはいかない。」
 言うと、駆け出してゆく。
(久美達・・雅に何を言ってるんだろう・・。)
 雅は、もう昔の雅じゃないのだ。
 友人の一人として話をする久美に対して、逆ギレした雅が殴りかかってゆくシーンがリアルに浮かぶ。
(私と優斗君のために、久美達が傷つくなんて・・・イヤだ!)
 カフェを飛び出し、久美達の姿を探す。あっちこっち走り回って、路地裏でたむろっている彼女達の姿を、即座に見つける事ができた。
「・・・・だから、雅。竹林君は、あんたにもう気持ちがないんだよ。わざわざ私達に相談してきたんだから。」
 思ったより優しい声色の久美の声。涙を流している雅の姿。
「久美・・。」
 芽生が話しかけると、その場にいた友人達すべてがハッとなって振り返ってくる。
「なんでこんな女がいいのよ!私の方がずっと優斗の事を思っているのに!」
「なんでなんだろうね!・・・でも雅。彼は芽生が好きなんだよ。」
 諦めな!
 叫ぶ久美の声は悲痛だ。
 久美はチラリと芽生に視線をやって、首を振ってその場を立ち去るような瞳で促してくるし、他の友人達も、同じような目付きで見てくる。
 久美にとって、恋敵の芽生がいない方が、話がしやすいのは明白のようだ。
 スゴスゴとその場を立ち去る芽生の背後で、ひときわ大きな泣き声が響き渡る。
 叫びに近い声には、悲壮感が漂っていた。